計算を消すな

いくつかの細かい習慣さえ直せば、
大して努力などしなくても、
大して勉強などしなくても、
簡単に点数が上がるのですが。

その「細かい習慣を直す」ということができない、
という愚痴は、散々書いてきました。


どれだけ言葉を尽くしても、
どれだけ諭しても、
どれだけ叱っても、直さない。

何故そんなに頑ななのか、理解に苦しむことばかりです。



その中でも。

どれだけ私が手を尽くそうが、
ほとんどの生徒が実行しようとしない、
でも非常に簡単なことの一つに。


「細かい計算も、きっちり残しておく」

というものがあります。



細かい計算。

例えば3.14をかけるような多少複雑な計算はもちろん。

九九や一桁同士の足し算まで。

算数数学には、相当量の計算が要求されますが。



そこで、彼らは非常に多くのミスを発生させます。

当たり前の話で、
散々書いてきたように、
彼らは、自発的には、
絶対に「見直し」をしようとはしませんから。


本当は、「検算」をさせたいのです。
私なども、非常にミスは多いのですが、
徹底的に検算することで、それらを防いできました。

ですが、
時間もかかるし、無駄になることも多いその作業を、
そういう生徒たちにさせるというハードルは、
かなり高い。


だから、せめて。

「見直ししなさい」と言われた時に、
それを実行させやすいように。

或いは、指導者が、
その生徒のミスを発見しやすいように。


・どんな細かい計算も、ノートの隅っこに書いたりせず、
わかりやすい場所にしっかり書く。

・間違えたとしても、消したりせず、残しておく。


こういう指示だけは、徹底的に行うのですが。




しかし。

ほぼ全ての生徒は、
この指示すら、守らないのです。



計算は片隅に書く。
あるいは、暗算してしまう。

折角書いたものも、
少しでもおかしいと感じると、消す。

あるいは、「ノートが汚くなった」と感じると、
消す。




どれだけ、何を言っても。




結果。

見直しは無論できないので、
ミスの数は増える一方、

指導している方も、ミスした箇所を指摘しづらく、
指導効率も悪くなる一方。


もう、どうしようもない。

そこで、時折厳しく叱ってみたりはするのですが。


そうすると、反応は。

「この人は何を言っているんだ?」とキョトンとされたり。

「理不尽なことで叱られた」と泣き出されたり。


そういう繰り返しの挙句に、
「先生とは合わないみたいだから、塾をやめます」という結論に至ったケースも、
数多い。


だから、叱るのも難しい。

ついつい、そのままにしてしまう。


でも、「式を残す」意識を持たせないことには、
絶対にミスは減らないし、
ミスが減らない限り、点数が上がることはない。



結果。

お金をいただいているのに、点数を伸ばせない。


まあ、詐欺同然の状態になり。

それに私が耐えきれず、

こちらから、塾をやめてもらうことを申し出ることもあります。




しかし。

何故彼らは、
細かい計算をしっかり書かないのか?

その原因を色々考えたり、探ったりはしてみます。



そして、やはり行き着くのは。


彼らの中に、「間違いはいけない」という意識が、根強くあるからだ、

という仮説。





彼らはそれまでの人生で、勿論、たくさん「間違えて」きた。

そして、怒られてきた。


その結果、行き着いたのは、
「間違えてはいけない」という結論。


だから。

計算過程を残しておくという、
「間違い」の数を増やしてしまう可能性を高める行為を、
少しでも減らしておきたいのではないか。


そう思うのです。


勿論、「間違い」は良いことではありません。

間違えたことを看過していれば、
子供はダメになっていくでしょうし、
親が怒るのも当然です。


でも。

間違いなんて、仕方がないのです。

どれだけ注意していようが、
どれだけ優秀な人間であろうが、
絶対に間違いはある。


その上、それはもう起こってしまった、過去のこと。

過去は変えられないのですから、
どうでもいいのです。



肝心なのは。

「次は、どうすれば間違えずに済むか」でしょう。


それを考えさせるために、
親は、子供を叱る必要があるのです。



だから。


叱る時には、ただ一方的に叱るのではなく。

次に同じことを繰り返さないためにどうすればいいのかを、
考えさせる必要があります。

まあ大概、子供だけではろくなアイデアは出ませんから、
親があらかじめ答えを用意しておき、
そちらの方向に誘導する必要はありますし、
それが中々難しいことなのですが。


塾の指導者などにとっても。

宿題を忘れた、という生徒に対して叱るのは、
「次は忘れさせないため」でしかありません。

で、その中で。
「次はどうすれば忘れないか」を考えさせるのですが。

まあ子供からは、
「注意する」「頑張る」という程度の言葉しか出てきませから、
そこに、
「出来なければ宿題を増やすなどのバツを与える」だとか、
「毎日朝三十分早く起きてやる」などのアイデアを与えなければいけないし、

それらもまた、実行させることは難しい、
あまり効果的でないアイデアですし。


そのように、ことが日常生活の場合は、
「次に失敗させない」ための方法はかなり難しいのですが。




こと、算数数学なら、簡単なこと。

間違いの原因のほぼ全てが、計算ミスですから、
計算式を見直させて、
どこでミスをしやすいか分析させて、
次はそこを注意するように指摘してあげればいいだけ。



でも。


「次に間違えないためにどうしたらいいか」を考える習慣のない生徒には。

間違えている可能性のある「計算式」を、わざわざ残しておくことはしない。

「間違えた」として叱られる可能性を、ただ増やすだけの行為なのですから。




結果。

彼らはミスを繰り返し、
でもそれを消し続けるために、一切修正出来ず、
修正できない以上、成長することも出来ず。

私が、途方にくれるのです。






ですから。


家庭では、子供が何かの間違いを犯したときは。


「次はどうすればその失敗をしないか」を、
常に考えさせつつ、
同時に親の方でも考え、そして親の考えの方に誘導する。

そういう工夫を、お願いしていただけたら、と思います。


私の仕事も楽になりますし。








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