信長は英会話も中学受験もしなかった②

英会話と、中学受験勉強には、
「偽りの成功体験」を積ませてしまうという、
おそろしい弊害がある。


私は常々、そう危惧しています。


まず、英会話のもたらす弊害とは。

「自然に賢くなれる」と、
幼い子供が、勘違いしてしまうことです。


幼い生徒が通う場合。

大抵、教師が言うことを聞き流しておいて、
耳に残ったものだけで勝負出来てしまうものです。

幼児の頃、日本語を覚える際にそうしたように。

語学というのは、そういうものです。


文法はおろか、
スペルを覚えたりする必要すらない。

だから、
重要な部分のみメモを取って整理するとか、
ひたすら書いて覚えるだとか、
単語帳を持ち歩いて暇を見てはチェックするとか、
そういう、「自然」ではない、
「不自然」な努力をする必要は、一切ありません。

それである程度習得出来てしまう=成功体験になってしまうのです。


ことこれが、日本語の話であるならば。
別にそれで構いません。

小学校に入った途端に、
ちゃんと、「国語」の授業があり、
漢字の書き取りなどのタスク、
つまり「不自然な努力」が強制されることにより、
「これが勉強だ」という意識を持てます。

つまり、幼いうちに修正が可能なのです。



しかし、英語に関しては。

文法を意識しなければならないのは、中学に入ってからの話。


ある程度、大きくなってからなのです。

いや、中学レベルならまだ、特に文法を意識しなくてもなんとかなる。
特に、英語に触れる機会の多い、帰国生なら。

多少読書好きの生徒なら、
それほど勉強をしなくても、
「国語」である程度の点数が取れるように。



つまり、「自然な努力」だけで、
中学時代ですら、
成功体験が積めてしまう。



しかし、高校に入ってしまうと。

文法をしっかり意識して、「不自然な努力」をして、
身につけなければ、成功など出来ない


でも、これだけ成功体験を積み重ねてしまった生徒は、
高校生ともなると、
もう、習慣は、考え方は、固まってしまって、変えようがありません。


小学生のうちに、「国語」の認識を変えられたのとは違い。

今更、勉強方法が変えられないのです。



手遅れ、なのです。





しかも、この弊害は、英語の勉強だけにとどまりません。


実際、多くの生徒がそうなのですが。

幼い頃「英会話」で成功体験を積んだ生徒は、
つまり、「学校では教わらない、高度な勉強」(だと思っている)英会話で成功した生徒は、
全ての勉強を、同じようやってしまう傾向があるように思います。



説明をぼんやり聞くだけ、ノートをとらない。
出来なかったところを、特別に復習してみたりしない。
つまらない単純作業を厭う。
自分一人で学習できない。
集中して思考しない。
論理を組み立てたりしない。




幼い頃に、そういう勉強をしないでも、成功出来たのです。
そして小学校、中学校でも、
成功はできなかったでしょうが、
大失敗もしなかったのです。

そのせいで。

彼らはその成功体験から抜け出せず、
その後ずっと、失敗体験ばかりを積み重ねている。


私にはそう見えてならないのです。













この記事へのコメント