ライザップは痛いが、塾は痛くない。

中学までの勉強であれば、
ほんの小さな修正を加えるだけで、
簡単にできるようになる。

その「小さな修正」というのも、
決して大変な努力を必要とするものではなく、
例えば、
「間違えても式を消さない」「単語帳を持ち歩く」程度のこと。

何の苦労もいらないことを、
しっかり守ってさえいれば、
あるレベルまでは、簡単にできるようになる。


そう私は言い続けて来ましたし、
実際、本当に些細なことを修正するだけで、
大きく伸びた実例は、いくつか見てきました。



しかし。

残念ながら、そんな幸せなケースは、ごく僅かです。

「それなりに伸びた」と思わせる生徒のほとんどは、
実際のところ、多少知識が増えたか、
成長に伴って、自然に伸びたものかのどちらか。

私の指示など、ほとんど聞いてもいません。



もちろん、指示すると、その瞬間はそれを聞き入れて、
その通りにやり、そして成功するのですが。

少し経つと、しなくなるのです。

指示した内容を完全に忘れ去り、
そして、同じ失敗を繰り返すのです。

そこで私がもう一度指示をする。
生徒はその通りにして、成功する。

でも、少し経つと、しなくなる。
そして失敗する。

そんな繰り返しに終始する生徒が、ほとんどなのです。



効果が出ないものであるならともかく、
辛い努力ならともかく、

実際効果が出ているのに、
それほど大変な作業でもないのに。


守らない。

その通りにやらない。


勿体無いなぁ、という思いと。

何故なんだ? という思いが強くあるのですが。




ただ、少し冷静になってみると。


ほんのちょっとの努力で、簡単に効果が出るのに、
それを守らない。


私と同じじゃないか、と思うのです。



勉強のことではありません。

ダイエットのことです。


ほんの少し、炭水化物を我慢すれば。
ほんの少し、運動すれば。
簡単に痩せられるのに。



何故それをしない?




私自身、そう言われることがあり。
そしてその度に、たしかにその通りだ、
ほんの少しの努力でいいのだから、実行しなくちゃ。

そうは思うのですが。


でも、やらない。

結局ラーメンやお好み焼きをおかずに白米を食べますし、
マンションのランニングマシーンは触ったことすらない。


軽い努力で済むのに、しようとしないのはおかしい。
そう指摘され、怒られてもて、仕方のない状態です。



結局のところ。

どれだけ失敗を繰り返そうが、
どれだけ正しい指導があろうが。


本人が、本気で「自分を変えたい」と思わない限り、
ほとんど意味はないのです。


私自身、生活に不便が生じるほど、
ストレスを感じるほど太っている訳ではないので、
痩せれたらいいなぁ、と漠然と思うことはあっても、
本気で痩せたいとは思っていないのでしょう。


そして。

生徒たちも。

どれだけ成績が悪くとも、
それが、生活にストレスを与えるようなものではないので、
成績が優秀になればいいなぁ、と思う程度で、
やはり、勉強に本気になれないだけなのです。



そう。

ストレス=「痛み」を感じない限り。
人が変わることなんて、ありえないのです。

どんな些細な点においても。








では。

どうすれば、生徒に「痛み」を感じさせれられるのか。


それを考えなければいけません。


ダイエットのケースで考えれば。



病気になるのが一番でしょう。



それは、病気のせいで食欲がなくなり痩せる、という意味ではなく、
病気をして、辛い思いをする、ストレスを感じることで、
「健康に気をつけなきゃ」と思い、心を改める。



勉強に関していえば。


最大の痛みは、「試験で失敗する」ことでしょう。

だから。
生徒が受験に失敗したとき。
塾の経営者としてはダメなことなのでしょうが。
私は、その生徒の成長のためには、
むしろこれで良かったのかな、と思うことはあります。

大した努力もしていなかったし、
そもそもその学力では、
運良く合格できたとしても、進学先で落ちこぼれることは明白だったし。


むしろ、その失敗の経験を生かして、
心を入れ替えて、次の生活に向かってくれれば、
合格した場合よりも、
大学入試などではより良い結果を出せるだろうな、と思えるのです。


ですが。

実際のところ、
この「失敗させる」ことには、ほとんど意味がないケースがほとんどです。

と、いうのも。
幾ら悪い点をとろうが、入試に失敗しようが。

それで、「痛み」を感じない生徒が、非常に数多いのです。


残念だな、と思いはしますが、
そんな感情もすぐに吹き飛ぶ。
まあいいか、で、すぐに切り替えてしまう。

「痛み」を感じて心を入れ替える、ということを伴わない、失敗。


言ってみれば、
ただ病になっただけのこと。


そしてその人は、病が癒えればまた太りだし、
そしていずれ、もう治療が追いつかないほどの大きな病に倒れて、
全てを失ってしまう。


同様に。
失敗して何も学ばなかった生徒は、
その後も失敗を繰り返し、
気づけば、
取り返しのつかないような、
低い能力しか持っていない大人になってしまう。


そんな未来が、見えてしまうのです。


つまり、試験の失敗も、
生徒を変えるのに、意味がない。






ではでは、どうすればいいのか。



再びダイエットのケースで考えてみると、
もう一つ、アイデアが浮かびます。


無理やり痩せさせる。
大金をかけて。



そう、ライザップ。



ライザップで痩せた人が多い、というのは、
決して、ダイエット指導がうまい、というだけでなく。

大金を支払わせることで、
「あれだけのお金を払ったのだから無駄にはできない」と本人に思わせられることが、
最大の強みだと、よく言われます。

つまり、「大金をしはらった」という「痛み」を、
努力の原動力にしている、ということ。


そういう意味で。

「大金を支払って通塾する」という生徒達の存在は、理解は出来るのです。


でも。

やっぱり、大きな意味はありません。


何より、
そのお金を払う主体は保護者ですが、
塾のサービスを受ける主体は、子供です。

子供自身が大金を払った、なにかを犠牲にしたわけではありません。
そして親の心は子供には伝わらないもの。
「大金を支払った」という「痛み」を、子供は一切感じません。


さらに言えば。

塾のいいなりになって勉強していた場合、
成功しても、自分の力で掴み取った実感が沸かないのと同様、
失敗したところで、それが自分の責任であるとは思えない。

つまり、「痛み」を感じにくい。


そして、痛みを感じさせない塾への出費は、
だの無駄金、浪費でしかないのです。






そしてさらに。

ライザップでダイエットに成功した人に限らず、
ダイエット全般に言えることですが。


リバウンド、という問題がある。


一旦ダイエットに成功しても、
それに成功した途端、気が緩み、リバウンドし、
づいた時には、以前よりも太ってしまっている。

そんなケース、数多いでしょう。



勉強も、同じこと。

塾に押し込んで勉強させ、どうにか合格したところで。

そこで、ライザップを退会したダイエット成功者が不摂生にふけるように、
塾から、受験勉強から解放された生徒達が、進学先で遊びまくり、落ちこぼれていく。

自分自身で努力して、それなりの高校に合格した生徒に、
大学入試で追い抜かれる。

そんなケース、山ほどあります。



と、いう意味で。


ダイエットに、高いライザップが余り意味がないこと以上に。

勉強に、高い塾は、ほとんど意味はないのです。


痛みすらも与えられない上に、
より悪化させる危険性も秘めているのですから。





では。
「痛み」を感じさせるには、
どうすれば良いのでしょうか?





























































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