無能な数学指導者とは。

塾の数学・算数講師の指導能力を見極める方法は、
いたって簡単です。


『メネラウスの定理』を覚えろと指示する指導者は、例外なく無能。

無論、それを指示しなければ有能だという意味ではありませんが、
それを指示する指導者は、
まあ間違いなく無能です。



これは、
中学受験勉強をする小6と、
高校受験勉強をする中3を対象とした、
算数・数学の参考書の多くに登場する公式で、
これを用いることで、
複雑な図形の、辺の長さの比を出すことが出来ます。



まあそう聞くと、便利な公式じゃないか、
覚えさせればいいじゃないか、と思うでしょうが。




ありえません。


何故なら。
メネラウスの定理を用いて解けるような問題全て、
適切な補助線を1、2本引けば、それで解けるのです。



その、「適切な補助線」を、
試行錯誤の末に見つけ出すことこそ、

数学の醍醐味なのです。


そして苦労の末にそれを見つけ出した生徒だけが、
それに類した、
しかしメネラウスの定理などそのままでは使えないような問題に出会った時でも、
巧みにときこなすことが出来るのです。





無論。

知識は、ないよりはあった方がいいのは事実。

場合によっては、補助線を引くよりも、
定理を用いたほうが早く解けるケースもあるでしょう。



しかし。

そんな例外的な「場合」のためだけに、
そんな面倒な定理をわざわざ覚えるのは、
本当に馬鹿げた行為です。



喩えて言えば。
「九九を、九十九かける九十九まで暗記する」ようなもの。



確かに、それだけ覚えておけば、
計算を素早く出来るケースが、あるかもしれない。


でも。

普通なら81通りで済む九九を、
9801通り覚えなければならない労苦と、
そしてそれを覚え違いしてしまうリスク。

それらを考えれば、
その時々に多少時間はかかるかもしれませんが、
九九の知識をもとに、「筆算」する方が、
ずっと効率的であるのは、明らかでしょう。

多くの計算をしているうちに、
しょっちゅう出てくる計算を、
自然に覚えてしまうのなら良いのです。

例えば中学受験の生徒なら、
16×3.14が何になるかなど、自然に覚えているでしょう。

メネラウスの定理も同じこと。

自然にその定理を覚えられるのならいい。

でも、無理して覚えるのは、愚の骨頂。




算数数学の醍醐味を味わえない上に、
無駄な記憶容量を用いてしまう、メネラウスの定理。


こんな馬鹿なものを、
覚えるように強制する指導者は、例外なく無能です。









この記事へのコメント