台湾の塾の現実①

先日、中3の生徒が受けた中間試験の数学の問題を眺めていて、

非常な引っ掛かりを覚えました。




解けない問題があるのです。

正確には、「解けない」というよりも、「答えが限定できない」。

一応は、出題者の意図しているであろう答えは出せるのですが、

その他にも答えは無数に考えられるのです。



しっかり問題を読み直し、検討をし直しましたが、

やはりどう考えても答えは限定出ません。


しかし、模範解答には一つの解しか書かれていませんし、

他の解の存在を示唆するような文章もありません。




完全に出題ミスです。



生徒に確認しましたが、

しかしそのことを指摘する生徒もいないし、

先生から問題訂正の言葉もなかった、とのことです。



それから数週間経ちましたが、

やはり動きがありません。



結局、生徒に頼んで学校の先生に手紙を渡してもらいました。

すると後日、その先生から、

指摘に対する感謝の言葉と、

丁寧なお詫びの言葉をいただきました。





そして私は思いました。

これはひどい、と。





ここで私は、学校の先生を論うつもりはありません。

出題ミス、というのは、誰にでも起こることです。



問題作成者は、最初に答えを準備してから作成する分、

自分の作った問題に対して、

どうしても「固定観念」を持ってしまうのです。

固定観念というか、「指向性」でも言うべきでしょうか。

「答えはこうなるに違いない」とついつい思ってしまい、

「そうではない」可能性についての検討が、

どうしても疎かになるのです。


問題の一番近くにいながら、そのミスに気づけない。

いわば「灯台下暗し」といった状況になるのです。



ですから、私なども、出題ミスは再三してしまっています。

そもそも、入試などでも、出題ミスは頻発しているものです。




しかし。

出題者ではない、第三者にとっては、

「固定観念」も「指向性」もありません。

試験中の焦っている時間ならともかく、

そうでないときには、

出題者よりもずっと、

第三者は、出題ミスには気付きやすいのです。




ですから、学校の先生のミスは、

別段大きな問題ありません。



「ひどい」と思うポイントは別の箇所です。




台湾にある塾には、それぞれ数学担当の講師がいるでしょうが、

その中から、この問題に関して、

指摘の声が上がった、という声を聞いていません。




率直に言って、

その出題ミスのポイントは、非常に安易で、簡明です。

ミスを指摘するのに、高度な数学能力は必要ありません。



私は問題を一度読むだけで「解けない」と気付きましたし、

さらに、数学を先取り勉強している小学生にその問題を見せたところ、

たちどころに、「これは解けない」と指摘してくれました。





その程度の間違いですが、

それを、数学講師たちは、気づいてもいないのでしょうか?




と、ちょっと思うのですが。

まあでも、ここでは、

その講師たちの学力が「ひどい」と言いたいのではありません。


私が「ひどい」と思うのは、

そういうレベルの講師が、

非常に優秀な、講師達よりはるかに学力が高い生徒達を指導しているという、

あまりに歪な現状があるにもかかわらず、

それに誰も気づけないという、

この塾業界の現実について、です。












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