「能動的」でない生徒は絶対伸びない。

何度も書いてきたことですが。

生徒の間違いの9割以上は、「ミス」です。




今から何も覚えなくてもいい、

賢くならなくてもいい。


問題を何度も読み直しさえすれば、

検算をしっかりしさえすれば、

メモをきっちり取りさえすれば、

時制のチェックさえすれば。


そうやって、

「ミス」を半分にさえ出来れば、

一気に素晴らしい得点になる。

そんな生徒ばかりです。




でも。

実際、「ミス」の多い生徒で、

「ミス」を減らせられる生徒は、いません。

一人も。




ミスを防ぐ方法、チェックポイント、

どれだけアドバイスしようが、

絶対に彼らはその一つとて身につけず、

ミスを減らすこともしません。



何故か?

当たり前です。



どんな良いアドバイスだって、

彼らは、「忘れ去る」というミスを起こすのです。



結局、ミスを防ぐのは、本人の「注意」しかない。

本人自身が、

「どうにかしてミスを防ごう」

と強く思わない限り、ミスは防げません。



そして、彼らはそう思わないのです。

だからミスは減らない。




では、何故そう思わないのか?

その理由も簡単。


「ミスを防ぐ」ためには、「ミスを見つける」ことが必要。

そして「ミスを見つける」ためには、

「自分の答えを疑う」というステップが必要不可欠です。




その、「疑う」ということが。

彼らには出来ないのです。





問題を解くこと。

それは、与えられた問いかけに対し、

自分の知識の中からそれに合う知識・論理を探りだす行為。

いわば「受動的」なもの。




しかし、「疑う」ことは、

誰かに指示されてすることではない。

自ら行わなければならない、

「能動的」なもの。




「受動的」にしか勉強をしてこなかった生徒達にとって、

「受動的」にしか考えてこなかった生徒達にとって、

突然「能動的」に考えることを要求されても、

出来るはずもないのです。







結局のところ。

優秀な生徒というのは、ミスを防げる生徒です。

つまり、能動的に動ける生徒。



そういう生徒だけが、

細かいミスを防ぎ続けて、

結果、応用問題も解き切ることができるのです。





では、どうすれば、

子供に「能動的」に考えさせることが出来るか?


「受動的」な勉強が身についてしまった子供に。




塾ではまず無理です。

塾とは、基本的に、受動的な勉強を要求される場所です。

学校も同じ。

受動的な性質を補強こそすれ、

否定されることはあり得ません。



私の塾では、

可能な限り「能動的であれ」と訴え続けてはいます。

出来る限り自分自身で解く、

講師は最初はヒントを与えるだけに止める、

生徒が自分で解こうと努力した上で、

やっと解説する。



そんなシステムをとってはいますが、

現実問題、完全に機能しているとはいえません。



能動的な努力をさせようとしても、

多くの生徒は、「じゃあ無理」とすぐにあきらめてしまう。

そうしてぼんやりされてしまうと、

塾としての責任を一切果たしていないことになるので、

あまり意味はないけどな、と思いながらも、

とりあえず正解を教えてしまう。



そんなケースが、結構あるのです。



学校の勉強をサボり続け、

「受動的」な勉強を一切せず、

「能動的」にしか勉強をせず、

結果それでも受験で成功してきた私が作った塾ですら、

こうなのですから、

ほかの塾では、もっとひどい有様でしょう。



受動的な子供が、受動的な勉強を続け、ミスを続ける。

そもそも能動的な子供だけが、

どこで勉強しようが伸びるような子供だけが、ぐんぐん伸びる。

それだけの構図は、どこでも同じです。

結局塾は、

そういう最初から能動的な生徒を集めることだけが、

大事な仕事なのです。




そうなると。

すでに受動的な勉強しかできなくなってしまっている子供は、

どうすればいいのか?

どうすれば、「能動的」に変われるのか?



答えは、「家庭」です。


それしかありません。




子供には、日常生活から、

能動的であることを要求しなければなりません。

それが出来るのは、もちろん家庭しかないわけです。



では。

家庭はどういう風に、子供を「能動的」に導けばいいのか?



<つづく>

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