中学受験について・①


私が最も自信を持っている指導は、中学受験に関するものです。

日本のトップ塾でそれなりに指導経験を積んで来ましたし、

何より、私自身が灘中学・東大寺学園中学に合格した経験を持っているからです。



ですから、塾を立ち上げた時に、私はまず「中学受験専門」であると掲げました。

そして、開校二年で、筑波大学附属駒場中学、開成中学、早稲田中学、早稲田実業中学等に合格者を出しました。



その時点で、私はもう大丈夫だと思いました。

これだけの実績を出したのだから、今後も引き続き生徒は来続けるだろう、と。



そして実際、大勢の生徒が来ました。

なぜか、受験をしない小学生のクラス、中学生クラスの生徒ばかりが。

受験する小学生は、ほとんど来ない。



私は少し意外に思いながらも、勿論彼らの指導に真剣に向き合いました。

率直に言って、自分の知っていた世界とは大きく違う分、戸惑うことも多かったのですが、

何とかこちらでも合格実績を積み上げて行くことが出来ました。

忙しいままに数年が経ちました。

そして未だに、中学受験をする生徒はほとんどやって来ないのです。



普段は忙しいので念頭には上がって来ないのですが、時折、本気で不思議に思いました。

何故中学受験の生徒は、私の所に来ないのだろう?



理由の一つに、営業努力不足があげられます。

とはいえ、中学生や受験しない小学生に関しても、私はほとんど営業をしていません。

なのに、その部門の生徒は来る。

中学受験の生徒だけがこない理由としては、説得力が弱い。



そうなると、台北における、中学受験をする生徒の絶対数の少なさが要因としてあげられるでしょう。

しかし、それでも開校当初から、各学年6~8名の生徒がいたものです。

それが今や、各学年せいぜい2、3名程度。

噂によると、他塾には十分な生徒がいるらしい。



残る理由として考えられるのは、ただ一つ。

私の、「指導力不足」というもの。

他塾の講師達と比べて、相対的に力不足だということか。



しかしそれはそれで、考えづらい物でした。

単純に指導力不足なら、塾全体として生徒が減るはず。

しかし中学生や高校生、受験しない小学生の生徒は、増え続けている。

それに何より、中学受験の入試問題は非常に独特の物です。

難関中学校の入試問題は、(中学受験を経験していない)東大生でも解けない、と言われます。

実際、日本の塾でならともかく、台湾に来て、

中学受験問題を、まともに理解しているレベルの「講師」は一人も見たことがありません。

(「生徒」なら、数人見てはいますが。)

台北の講師達皆、解答を見ながら教えているだけ。

それが非常に効率の悪い物、稚拙な物であっても、そこに気付く事さえ出来ずに。

自分の指導が未熟であることすら認識出来ずに。

率直に言って、生徒よりレベルの低い講師がほぼ全員。

どう考えても、私自身の指導力不足のせいではないだろう、と思いました。



でも、そうなると。

考えられる理由はただ一つ。

指導力不足だと、「思われている」せい。



それは、営業努力不足とは少し違う。

この十年近くの間で、中学受験に関する「人々の考え方」がどんどん変わって来てしまった。

そしてその中で、私の指導は、「力不足」と見做されるものになってしまった。



私はそれに気付き、少し悩みました。

私は自分の指導方針を変えなければいけないのだろうか?

世間の風潮に迎合するべきなのか?



あり得ないな、と私は思いました。

中学部門に、小学時代に他の塾で中学受験勉強をしていた生徒が何人かいます。

そしてその全員が、中学受験勉強の意味がほとんど失われているような状態です。

当時教わった筈の、会得してなければならない筈の、「思考方法」が全く身に付いていない。

幾つかの公式は覚えたのでしょうが、意味は理解していないので、今やすっかり忘れ去られてしまっている。

時間もお金も無駄だった、と言わざるを得ない状態。



いや、無駄なだけならまだいい。

彼らには、他の生徒にはない大きな問題があります。

それは、指定された勉強「しか」しない事。

宿題は大概きっちりやるのですが、それ以外の「勉強」はおろか、「知的活動」すら一切しない。

やっている宿題も「量」はよくても「質」が非常に低い。

彼らは勉強の貯金が多少ある分、中1・2までは多少余裕があるのですが、

自分の頭で考えないため、問題の難易度があるラインを越えた後は、必ず大きく失速します。

非常に良い素質を持っているのに、伸び悩んでしまっている生徒の過去を探ってみると、

大概、「小学校時代、塾漬けになっていた」経歴を持っているのです。

(ちなみにこれは、中学時代塾漬けだった生徒が、高校で挫折するパターンでもあります)



こんな状態に生徒を落とし込むことは、私は絶対にしたくない。

ほんの数人であっても、「力不足」の私の所に生徒が来てくれているのは事実。

まあ私が、人と違うことを主張するだけの存在ならともかく、

その生徒達の為にも、世間の風潮などに流されず、自分のやり方をぶれずに貫こう、と私は決めました。


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