「簡体字」は無駄である。

こんな発言を聞きました。

「台湾の繁体字は、どうせ将来仕事で使えないから習ったって無駄だ」

「だから中国の簡体字を習いたい」



中国語の勉強をしていている、中学生の言葉です。

それを聞いた瞬間に、私は、強く、「違う!」と思いました。




これが、大学生や社会人の言葉なら、良いのです。

「実利」を求めて勉強するのは、無論当然です。



でも、中学生が、子供が、こんな言葉を吐くのは、

私は心底嫌です。




もちろん。

あらゆる勉強は、「実利」を求めてするべきものです。

それは確か。



でも、中学生にとって、

「繁体字」「簡体字」がもたらす「実利」という言葉は、

どれほどの現実性があるでしょうか?




「簡体字が出来た、だから商売できたor友達ができた」

「簡体字しかできなかった、だから商売できなかったor友達ができなかった」

そういう経験がある、あるいはすぐにでもそういう経験をしそう、

そういう状況下に、彼らはあるのでしょうか?





違う。

彼らの言う、「将来仕事で使う」の「将来」とは、

はるかはるか未来のこと。

なんら「実感」の伴わない言葉。

つまり、「実利」を感じ取れない言葉。


『大人が、これを「実利」と呼んでいる』という程度の、

そんな言葉にすぎないのです。




そんなものに踊らされて、子供が勉強の内容を決めるなんて、

本当に間違っている。




大人と違い、子供の勉強は、「楽しい」からやるものです。

そしてその「楽しさ」が、

「知識」ではなく、「思考力」を深めてくれるのです。


「知識」などは、大人になってからでもいくらでも身につく。

むしろ、「効率よく身につける方法を知っている」分、

大人になってからの方が、「知識」を学ぶのに都合良い。


そして。

「簡体字」と「繁体字」の、どちらが「思考力」を深めてくれるか?


いうまでもなく、「繁体字」です。

「簡体字」など、「表意文字」の文化の破壊でしかない、

と私は思っています。



中国の文化の真髄は、「古典」にあると私は思っています。

「三国志」「水滸伝」「西遊記」、

子供をワクワクさせられる「中華」のイメージは、古典にしかない。

簡体字以降の中国文化で、

子供を「ワクワクさせてくれる」ものなど、

私は一切知らない。




そして、「繁体字」の読める人は、古典を読めますが、

「簡体字」しか読めない人は、

「簡体字」に翻訳された古典しか読めない。


彼我に、どれだけの差があることか。



大人はともかく。

子供は、繁体字を学んで下さい。

それこそが、「ワクワクできる」=「能力を伸ばせる」、

本当の「実利」につながる勉強ですから。





























この記事へのコメント

  • 免許をATかMTかで迷ってましたけど、MTで取るほうが良さそうですね
    2017年09月19日 20:47